ジュリアナ東京がオープンし
ラブ・ストーリーは突然にが流行った
今からさかのぼること26年前の1991年
卓球部で有名な伊那中
中学1年の時に出会い
一緒のクラスになって
毎日一緒に居ました
彼は当時から野球のセンスがハンパなくて
地元の新聞に出たりコンビニでおっさん達から声を掛けられたり地元で注目されていました
毎日俺の家にカバンを置いてから着替えて
10キロ位走って自分の家に帰ったり
死ぬほど努力してて
プロ野球選手になったら金を貰おうとか
便乗して商売をしようとか考えながら
俺は一番近くで見てました
俺はといえば
勉強が大嫌いで勉強なんかしたくないから
高校行かないんだってアホ丸出しな顔して
アホ丸出しな事言ってて
そんな俺を彼は諭すように高校に行けば
仲間も増えるし何か見つかるかもしれない
みたいな事言ってくれて
でやっぱり高校は行かないとなって思って
彼は甲子園目指して名門松商学園に進んで
寮に入ってしまったけど
恋人の用に頻繁に電話したり
たまに帰ってきたら一緒に俺の家で飯食ったり
ラジバンダリ
彼に諭された事が間違いなく影響して行った高校で俺も楽しい仲間達にたくさん出逢い
おもしろい事をたくさんして
三年間とにかく遊んで楽しくて楽しくて
とにかくモテて まぁとにかくモテて
それから高校卒業して
二人とも長渕剛を大声で奏でながら
ボストンバッグ片手に上京して
やっぱりしょっちゅう一緒に居て
パチンコしてる彼を
彼女のように迎えに行って
しょっちゅう飲み行って焼酎飲んで
二人で朝までフリータイムカラオケで歌って
食い放題の店で死ぬほど食ったり
アホな事したり
ラジバンダリ
社会人になって地元に帰ってきても
やっぱりしょっちゅう一緒に居て焼酎飲んで
で お互い12年前に結婚して
結婚式では友人代表挨拶で
作ってくれたオリジナルソングを
泣きながら歌ってくれて
マイクなんか必要ないくらいデカイ声で歌って迷惑極まりないですが
俺は昔から彼の歌う
「いつかのメリークリスマス」が好きなんです
恐らく6回は聞いています
ここ数年は仕事やら地域活動やらでとにかく
忙しいようで年一回S53の仲間たちと行く
ゴミ年旅行にはなかなか来れないみたいだけど
落ち着いたらまた一緒に行けばいい
大人になる前にたまに言ってた
「大人になったら二人でなんかやろうぜ」が
誘ってくれた青年会議所で限界突破しちゃえばいいのか
俺が保護者会長やるからお前副会長やれよと
一緒にやった保育園の保護者会の役員だったのか
この先にあるかもしれない「何か」なのか
わからないけど
口癖を借りるなら
「さぁっちゃ さぁだぞ」ですよ
今日はそんな真友であり心友であり信友の
誕生日だから
照れ臭いけど一言だけ言わせてもらおう
マジで痩せた方がいいぜ